エアレンディルの冒険 覚え書き (4)

共通歴 590年・開花月・25日

惜しくも命を散らしたジャスカー神官の遺品のいくつかには、魔法の力が感じられた。そこで我々は、隠し部屋にて休息を取りながらその魔法の力の分析をすることにした。フベルトゥスが新たに習得した〔識別〕の魔術によると、鎧と盾、そして指輪には「守り」の魔法が。クロスボウの矢には「力」の魔法が込められているとのことだった。

おそらくは不死者が巣喰っているであろう地下の探索を行うために、彼の遺品を一時的に借り受けることにした。彼の思いと共に、邪悪なる者を討つために。

共通歴 590年・開花月・26日

広間と開かずの扉

地下への扉を青銅製の鍵を開け、我々は階下へと足を進めた。最初の部屋は不思議な魔法円の描かれた床と、壁に掲げられたベルター女神の邪悪なるシンボルがあった。先に進むための大扉は仕掛けによって閉じられているらしく、鍵穴すら見あたらなかった。

壁に掲げられたジャスカー女神のシンボルを注意深く調べてみると、その先に隠し通路が延びていることが分かった。しかしその通路は(意地の悪いことに!)天井が低く、ハーフリングのコナーですら腰を屈めなければ通れない高さであった。おそらく、その通路の奥にこの部屋の扉を開ける仕掛けがあるだろうと予測できるのだが、通路の高さが我々を阻んでいた。鎧を身につけた私やティリダテネスでは身動きすらままならないし、魔法使いであるフベルトゥスを行かせるわけにもいかない。悩む我々に、コナーが明るく声をかけた。一言「見てくるね」と。そう、彼は単身通路の先へと偵察に出掛けたのだ!

魔狼出現

通路へと姿を消したコナーを待つ我々の前に、突然フィーンディッシュ・ハイエナが現れた!
このハイエナは邪悪なる者が地の底より召喚し、使役する獣である。驚きながらも剣を取り闘う我々であったが、心配なのはコナーの身である。すると、狭い通路の奥からコナーが飛び出して来た。彼も、ハイエナに追われていたのだ!

何はともあれハイエナたちを打ち倒し、彼に事情を聞いた。どうやら、開閉装置である水晶球がハイエナたちの召喚の仕掛けと連動していたらしいのだ。
我々は、こうしてようやく最初の部屋を突破することができた。

通路

扉の先は左右へと続くT字路になっていて、左側の突き当たりは粗末な扉があった。コナーが聞き耳を立てたところ何の音も聞こえなかったので、我々は先に右側の通路を確認することにした。

宝箱と彫像

右の通路はしばらく進むとやはり左右に道がつながっていた。左側はすぐ部屋になっており、妖しげな彫像と小箱が見えた。右側はランタンの明かりが照らす明かりも届かないほど、長い通路になっていた。夜目の効く私たちが目を凝らしても、折り曲がりながらさらに先に通路がつながっていることしか見えなかった。

まずは、妖しい彫像を確認しようと左の部屋を覗くと、案の定。彫像はガーゴイル、石像に擬態する小賢しい妖魔であった。堅い岩の肌で武器を弾き、背の翼で縦横無尽に戦場をかけることができる強敵である。無視して先に進むこともできたが、長い通路を進んでいる時に後ろから襲撃されてはたまらない。それならば万全の体調である今のうちに撃破するべきだと考えた我々は、彼らのいる部屋へと踏み込んだ。

やはり、ガーゴイルは強敵であった。岩のごとき外皮は、我々の使う武器の威力の大半を逸らしてしまうし、その翼をもって後ろにいるフベルトゥスを狙う狡猾さを備えていた。しかし、事前に〔悪からの保護〕を願っていた我々には、彼らの恐るべき牙や爪も有効な打撃とはなり得なかったし、天井のある遺跡のなかでは自由に飛翔するとまでは行かなかったようだ。

ガーゴイルを打ち倒した我々は、同じ部屋にあった小箱を確認した。箱を開けると毒針が飛び出してくる仕掛けが施されていたが、刺されたコナーが毒に耐えられたおかげで簡単な治療だけで小箱の中を確認することができた。

陰謀の手がかり

小箱の中には、ベルター神殿の(おそらくは司祭の)邪悪なる企みが書き記されていた。ひとつは『ジャスカー神殿の動きが活発になってきているので、この神殿を廃棄すること』。そして、新しい行き先は『ヴァーボボンク』であること。その街で『誰かになりすまし、密かに支配権を獲得する』ことなどであった。このような邪悪な企みが数十年前から密やかに進行してしたとは!

今、この時期にでも、我々に知らせてくださった我が女神の采配に、私は感じ入ることしきりであった。この計画書のことは、ハードバイの街の善なる神々の神殿へ報告することを固く誓い、我々は神殿の探索へと戻った。

この地下神殿のなかに、この計画書以上の証拠があればと、足取りはより一層力強いものとなったことは言うまでもない。

溝の部屋

細長い通路の奥は、溝の掘られた部屋だった。飛び越えようと思えば苦も無く飛び越えられるはずの幅、という所に違和感を覚えた私は〔魔法の感知〕を使った。するとやはり、魔法の力を感知することができた。そう、溝の幅は実際にはより広く、その部分は幻影で床のように見せかけていたのだ。邪悪なる神を信じる輩が考えそうな陰険な罠である。

飛び越えようと努力することもできたが、奥には2体のスケルトンが哀れな生け贄を求めるように配置されていたので、ここは溝に橋をかけ安全に渡ろうということになった。

確か最初の部屋をでた左の部屋には粗末な木の扉があったはず。あれならば、そう苦労なく取り外し(そして、簡単な細工で)、簡易な橋として使用できるだろうと結論づけた我々は、木の扉の部屋を調べるべく一旦道を引き返した。

拷問部屋

最初の部屋の先のT字路まで戻ってきた我々は、粗末な木製の扉をゆっくりと開いていった。扉の内側の部屋は、おそらくは拷問のために使われていたであろう道具が無造作に散らかっており、床には哀れな犠牲者の死体があった。……死体? いや、彼らはゆっくりとその身を起こすと我々に向かって襲いかかってきた!

それらは動ける死者、ゾンビだったのだ。しかも、敵はゾンビだけではなかった。部屋の暗がりから何かがこちらに向かって移動して来るではないか! あれは、実体を持たない不死者、アリップだ。気が付いた私は仲間に警告を発した。アリップは生き物の判断力を奪取する力をもち、魔法の武器でしか傷つけることはできない強敵であると。

私の警告に、魔法の矢をつがえたコナーがアリップに一矢を放った。しかしその矢も有効な打撃とはなり得なかった。不死者にはコナーが狙うべき急所が存在しないのだ。フベルトゥスの〔魔法の矢〕は、それでも幾ばくかのダメージをアリップに与えた。武器を持ち不死者を打ち倒すのは困難と感じた私は、女神に奇跡を祈った。神の力、聖なるエネルギーを僧侶の祈りに乗せて放射する……すなわち、『不死者の退散』の奇跡を。

最下級の不死者であるゾンビはその奇跡の前に崩れ去ったが、アリップは動きを止めずティリダテネスに襲いかかってきた。普通の敵ならば、身をかわす術はいくらでもある。しかし、実体を持たないアリップは、受け流そうと構えた盾も、打撃に耐える為の鎧も意に介さずティリダテネスに触れる。その接触は、生者の思考する力を奪う。完全に思考する力を失った者は、遅かれ早かれ彼らの仲間となる。そのまま死の抱擁へと移ろうとしたアリップを、魔法の力を宿したレイピアで牽制するティリダテネス。しかし彼女の動きも何処かぎこちない。今の接触で、いくらかは思考力を奪われたのだろう。

彼女のレイピアと、コナーの射撃、フベルトゥスの〔魔法の矢〕と、アリップにダメージを与える手段はあるが、それでは時間がかかりすぎる。戦闘が長引けば長引くだけ、アリップの接触を……判断力の奪取を受けるだろう。体に負った傷と違い、奪われた思考力を癒す奇跡は今の私の実力では行使できない。よって、早急にアリップを滅ぼさなければならない。

そう感じた私は、分の悪い賭けにでた。再び『不死者退散の奇跡』を女神に祈る。今の私の力では、アリップを退散させるほどのエネルギーを放射できる可能性はかなり低い。しかし仲間であり友である彼らを不死者の接触から守るために全力を尽くすのが僧侶たる私の役目だ。

意識を澄ませ、いと高き地に居られる御方の力を自らに卸す。掲げた聖印を通じてその力をアリップに放射する。ふわり、と暖かな光がアリップを捕らえると、不死者はその光を恐れるように部屋の隅に逃げ戻っていった。そう、我が女神は信徒の祈りに応えてくださったのだ!

柔らかく暖かい光にも似た聖なるエネルギーに怯えるアリップを滅することは、そう難しいことではなかった。
不死者達を滅ぼした後、私とティリダテネスで木の扉を外し、持ち運びやすいように多少形を整えた。その間、コナーは部屋の捜索をし、一振りの短剣を手にしていた。フベルトゥスが〔魔法の探知〕を唱えると反応があり、冷気の力を宿した短剣であることが分かった。

溝の部屋再び

短剣を手にしたコナーが、時々辺りを見回しては首を傾げる様子が気になったが、尋ねてみると、「なんでもない」との返事が返ってきたのでそれ以上追求はしなかった。さて、ようやく「橋」を用意することができた我々は、溝が掘られた部屋に戻ってきた。

溝に橋を渡し、その先を調べてもらおうとコナーを振り返った私の後ろをティリダテネスが無造作に進んでいった。「危ない!」とのコナーの制止も間に合わず、ティリダテネスは暗闇に飲み込まれていた。溝のその先に(周到なことに!)落とし穴が掘られていたのだ! しかも、落とし穴が開いたのを合図に、奥にいたスケルトンがこちらに向かって来ていた。

穴に落ちたティリダテネスの身も心配だが(「いたーい」と意外にしっかりとした声が聞こえてきていたので、おそらくは平気だろうが)、まずはスケルトンの動きを止めることが先決であった。私は3度目の奇跡を願い、女神はまたも祈りに応えてくださった。怯えるスケルトンはフベルトゥスの〔魔法の矢〕の前に2体とも崩れ去っていった。

落とし穴から引き上げられたティリダテネスの手当をし、その短慮を諫める。常よりも厳しく身の処し方を考えなさいと、ついつい厳しい口調で言ってしまったが……その短慮もアリップに奪われた判断力の影響なのだろうか? とすれば、それを癒すことができない私にも責任はあるだろう。私はより一層の精進を誓い、密かに女神の名を唱えた。

地下の貯水池

その部屋の先は、土砂で埋もれた扉のある部屋だった。無事な扉はさらに奥へ続く通路があり、その先は貯水池になっていた。地上からの雨水を溜める地下の部屋という設計の妙に、ドワーフのフベルトゥスだけでなく我々も感心していた。

水滴の音に紛れ、何かが近づいてくる音を敏感に感じ取ったのはコナーだった。水をかき分けて近づいてくる巨大なタコ……オクトパス。私は女神より授かった呪文で彼をおとなしくさせようと試みたが、強烈な拒否の意志を感じただけで、その試みは失敗に終わった。

オクトパスはティリダテネスに狙いを定め、強大な触手を絡め彼女を水に引き込もうとする。しかし、実体ある敵の攻撃にやわか引けを取る彼女ではない。触手を避けると、オクトパスの急所にレイピアを差し込んだ。彼女が細剣を引き抜くと同時に、コナーの矢が同じ位置に刺さり、巨獣は水の中に沈んでいった。

土に半ば埋もれた扉

こちらの通路は貯水地で行き止まりと判断した我々は、土砂で埋もれた扉のある部屋へと引き返した。私は土砂の扉の向こうから邪悪なるオーラ、すなわち不死者の力を感じることを仲間に告げた。仲間達の答は、まさに私が考えていた答と同じだった。そう、邪悪な存在を放置しておくことはできないと応えてくれたのだ。

そこで私たちは、土砂をどける作業と平行して少しでも休息を取るべく交代で仮眠を取った。