魔術師の見張り塔(1)
とある魔術師が建造した塔。入口が5階にあり、そこから機械式巻取篭を用いて出入する。魔術を修めていない者には進入が困難なように工夫が凝らされている。
エアレンディルの冒険 覚え書き(23)
共通歴590年 群羊月 28日
扉の奥の部屋からはさらに先に続く通路が伸びていて、その付近に1匹のゴブリン、中央に4匹のゴブリンがいた。私は続くティリダテネスの進路を邪魔しないように、数歩前へ進み、部屋の中央にいたゴブリンのうち一番手近なゴブリンを一刀で斬り捨てる。
進み出たティリダテネスは、華麗にレイピアを翻して一息で2匹のゴブリンを倒してしまった。通路付近にいたゴブリンが何事かを叫びながら、奥へと身を翻そうとした。その声を聞いたコナーが警告を発する──ヤツが士官クラスのゴブリンだと。
それを聞いたフベルトゥスは、部屋の中へと入ってきて狙い外さぬ〔魔法の矢/マジックミサイル〕を放った。3本の矢がヤツの体を貫いたが、少しふらついただけで倒れず奥へと逃げようとする。やはり、普通のゴブリンとはその生命力が違うようだ。
しかし、逃げだそうとしたその前には〔蜘蛛渡り/スパイダークライム〕のスリッパで天井を進んだコナーがいた。彼は床に着地すると同時に、魔法の短剣『ハランダー』でそのゴブリンを切り伏せてしまった。残った一匹のゴブリンも、ティリダテネスに斬りかかろうとして、逆に倒されていた。
私は剣を収めると、士官クラスと思われるゴブリンに近づき、生死を確かめた──まだ生きている。衝撃で気を失った状態だったらしい。皆にそのことを告げ、私はそのゴブリンの応急処置を始めた。
正直に言うとゴブリンに治療など施したくはないが、情報を聞き出すためなので仕方がない。程なくして意識を取り戻したそのゴブリンは、顔を上げ我々を見た後、諦めたように首を振った。どうやら、素直に情報を聞き出せそうだ……。
エアレンディルの冒険 覚え書き(22)
共通歴590年 群羊月 28日
砦の出入り口は、5箇所。
私たちはその内の一つ、密輸団に助けを求めに行ったゴブリンが出入りしていた扉から侵入することを選んだ。この扉は、カモフラージュされていた隠し扉であるし、運が良ければ、先ほどのゴブリンがまだ近くにいるかも知れないと考えたからだ。件のゴブリンを捕らえられれば、密輸団たちとのやりとりについて詳しい情報が聞き出せるだろう。
森の中を大回りして、砦の奥、隠し扉へと向かった。
コナーが隠し扉の鍵をそっと外し薄く扉を開いた。私はコナーと位置を替わり中の様子を窺った。エルフは夜目が効くので、薄暗い砦の中もかなりの範囲見ることが出来るのだ。 扉の中は、小さな部屋になっていて、雑多な荷物が幾つか転がっていた。ゴブリン共の姿は見えず、下へ続く階段があった。
耳を澄ましてみても、ゴブリン共の声が聞こえなかったので、私たちはなるべく音を立てないように気を付けながら、その斜面を下りた。
階段の下も同じような大きさの小さな空間であったが、一つ違っていたのは奥へと続く扉があることだった。ウルフのシヴァと戦士のアレクセイには魔法使いのフベルトゥスを挟む形で階段の上で待機して貰い、コナーとティリダテネスと私で扉の側に寄った。
扉に近づくと中からゴブリンどもの声がした。どうやら士官クラスのゴブリンが、下っ端を叱責しているらしいと、ゴブリン語の分かるコナーがそっと耳打ちしてくれた。士官クラスのゴブリンというのは、どうやら先ほど砦の外に出たゴブリンらしい。
それが分かれば、やることは一つだ。私たちは、後ろで待機しているフベルトゥスらに合図を送ると、扉を開き中に飛び込んだ。
エアレンディルの冒険 覚え書き(21)
共通歴590年 群羊月 28日
出掛けていくゴブリンの行方が気に掛かったのは私だけでは無かった。皆が皆ヤツの行方が気がかりだった。悩む我々を見て、隠れ身や忍び足を得意とするコナーが、ヤツの後を付けてみると言いだした。
確かにコナーの実力ならば、ゴブリンの一匹位に遅れを取ることはないだろう。だが、その先に何が待っているか分からない状況で彼一人を行かせるのはあまりに危険だ。そう意見を述べる私に、コナーは笑顔さえ浮かべて「危なそうならすぐ逃げてくるから」と言い、素早くゴブリンの後を追って行った。相変わらず、凄い勇気の持ち主だ。
静かな砦と、コナーの安全と、その両方を気にしながら、私たちは森で息を潜めていた。そんな状況でどの位待っただろうか。
やがて、一騎のグリフォンに乗った人間の戦士が問題のゴブリンを連れて丘の中腹に降り立った。彼は、ゴブリンを降ろすと直ぐにその乗騎に乗り、去って行く。
付けていったはずのゴブリンが(グリフォンに乗って!)戻ってきたのに、姿を見せないコナーの安全が気に掛かる。もしや何かあったのでは。
しかし、程なくコナーは森の木陰から静かに現れた。怪我もなく無事な様子のコナーを見て、私たちはほっと息をついた。
だが、彼の表情は明るいものではなかった。 彼は、その表情を暗くせざるを得ない理由──見てきた内容を語ってくれた。
ゴブリンを付けていったコナーが見たものは、ある冒険者の一団だった。木陰に身を隠し様子を窺うコナーの前で、ゴブリンはその冒険者から品物を受け取り、代わりに貨幣と宝石を支払ったらしい。
しかも、そのゴブリンは「手配書にあったエルフ達が来た」と冒険者に告げたというのだ。「だから、手を貸して欲しい」と頼むゴブリンは何故か萎縮しているように見えたという。
──ゴブリンは強い相手には卑屈になる。恐らくその冒険者たちは、ゴブリンを遙かに凌ぐ実力の持ち主なのだろう。
危険を冒し冒険者たちの顔が見える場所に身を移したコナーは、以前に取り逃がしたレンジャーがその一団にいたことを確認した。──アモッテン師の復活のため、とある砦へ出向いた私たちと戦った悪党だ。確か彼は密輸団の幹部だったはず。
あの冒険者たちは、拠点としていた砦を放棄しなければならなくなった原因を作った冒険者──つまり私たち──を恨み、その行方を捜していたらしい。近隣の妖魔たちに手配書を回す位に。
ゴブリンの願いに密輸団のボスらしき戦士は頷いた。彼は乗騎であるグリフォンにゴブリンを乗せると、その場を飛び立った。コナーを待つ我々が見たのは、どうやら密輸団の首魁だったらしい。
残りの密輸団が荷物をまとめて街道を去ってから、コナーは我々の元に戻ってきたのだった。時間をおけば、おそらく密輸団の幹部たちがこの砦にやってくるだろうとの情報を携えて。
コナーのその情報で、我々は砦の攻略を急がざるを得なかった。以前相手をしたレンジャーも、我々より上の実力の持ち主だった。その彼と同等と思われる一団がゴブリン共と協力し、砦に立てこもったら……恐らく攻略は難しくなるだろう。
そこで、我々は彼らが来ないうちに砦に潜入することを選んだのだった。
闇宴族の丘(概念図)
族長ゴブレット旗下に集ったゴブリン部族『闇宴族』の拠点。部族の戦士達や乗騎である狼の飼育スペース、非戦闘員の居住区や略奪品の備蓄庫、捕虜を放り込む檻などを備え付けた砦。
丘の下腹部に目立つように設えられた正面入口は斜面とバリケードから成っており、敵の進入を阻む*1。丘の中腹には戦士達が出撃するための出入口が二箇所あり、丘の頂上近くにも巧妙に隠された二箇所の出入口が存在している。
各フロアを繋ぐのは階段ではなく、少し足がかりがあるだけの斜面で、ここでの戦闘は「斜面での戦闘*2」が適用される。尚、下から昇ってくる敵を排除するため、油や礫などが斜面上部には隠されている。
地下水を汲み上げるための空間があるが、ここは同時に更なる邪悪の潜む地下世界へ通じている。
エアレンディルの冒険 覚え書き(20)
共通歴590年 群羊月 28日
騒然となった砦は、しばらくすると不気味なほどの静まりを見せた。
私たちは(砦から発見されにくくする為)やや森の中へと後退し、コナーの帰りを待った。
彼はゴブリンに接敵する時と同じように、見事にその身を隠しながら我々の元に戻ってきた。ひょっこりと手近な木立からコナーの姿が現れた時は、正直に言ってかなり驚いた。エルフたる私の耳でも、彼が落ち葉を踏む音すら捉えられなかったからだ。彼はそれほど上手く気配を隠していたのだ。
コナーが戻ってきてからほんの僅かな後、砦の隠し扉から一匹のゴブリンが出てきた。ヤツは辺りを警戒するように見回すと、北の方へ向かって駆けていった。手に何かを持っていたようだが……。
細部を観察したコナーが言うには(この距離からよく見えるものだ)、貨幣を入れる財布とポーチを持っていたらしかった。貨幣を手に、ヤツは何処に行くのだろうか?
静まりかえった砦もそうだが、たった一匹のゴブリンの行方がとても気になって、私は思わず女神の名を小さく呟いていた。
──女神よ。どうか我々にご加護を、と。
エアレンディルの冒険 覚え書き(19)
共通歴590年 群羊月 26日〜28日
アバーオーズ丘陵を旅して約3日。荷物(予備の装備や食料)を積んだラバを連れての徒歩の旅だったが、幸いにも途中で怪物に出会うことは無かった。僅かにあったトラブルと言えば、ラバが大型の狼であるシヴァの接近に怯えていたこと位だろうか。
私はシヴァに少し離れた場所にいてくれるように頼み、怯えるラバをティリダテネスと共に宥めながら進んだ。
──道中の安全を見守ってくださった我が女神に感謝を。
3日目の朝。
朝焼けが空を染める頃、我々は『闇宴族』が拠点としている丘にほど近い森際に身を潜め、「砦」の様子を窺っていた。この森から砦までは約400〜500フィート。様子を見るにはやや遠い距離だが、(見晴らしの良い丘陵地帯に作られた拠点なので)これ以上進むと身を隠す場所がほとんど無くなってしまうので仕方がない。
砦の出入り口は全部で5つ。
両開きの正面扉の前には前回と同じく2匹のゴブリンが歩哨に立って居た。遠くて見づらかったが、奥の木戸の前にも1匹のゴブリンが見張りとして立っているようだった。
その他の3つの出入り口には見張りの姿は見あたらなかった。それも当然だろう。この3つの扉の内2つは入念に隠された扉だったからだ。前回、コナーが発見し教えてくれなかったら見逃していたに違いない。
どの扉から内部に侵入しても、見張り役のゴブリン共の目に止まってしまうだろう。それでこそ見張りだとも言えるのだが、難儀なことだ。
そこで我々は見張りのゴブリン共を(内部に気付かれぬ様に)倒し、2つの隠し扉の内どちらかから侵入する作戦を取ることにした。入念に隠された扉ならば、おそらく砦の重要な部分に繋がっていると考えたからだ。
奥の見張りへは隠れ身が得意なコナーが接近した。彼は、身を隠す場がほとんど無い砦の周囲であるにも関わらず(姿を隠しながら!)ゴブリンに接近し、急所を貫き一撃で奴を倒してしまったらしい。
もちろん我々だとて、そのコナーの姿を捉えられていたわけではない。倒れたゴブリンの姿がかろうじて見えただけだった。だが、それが約束していた合図だった。
私とティリダテネスは、奥のゴブリンが倒れたのを合図に、正門の見張りに向けて矢を放った。ティリダテネスの放った矢は確実にゴブリンの命を奪ったが、一瞬遅れた私の矢は、いきなり倒れた相棒に驚き微かに身構えたゴブリンの肩口に刺さるに留まった。
それを見たフベルトゥスは〔睡眠/スリープ〕の呪文を手早く唱えたが、眠りの魔法にすら耐えきったそのゴブリンは、扉を開け砦の中に逃げ込んでしまった。その後放たれたアレクセイの矢は、開きっぱなしの扉にむなしく突き刺さっただけであった。
砦の中は騒然となり、慌ただしい声がいくつも飛び交っていた。その声は、離れた森の中にいる我々まで届く程であった。