エアレンディルの冒険 覚え書き (5)

共通歴 590年・開花月・27日

開かれた扉

交代で仮眠を取りながらの作業だったため、土砂を完全に撤去するまでに昼近くまでかかってしまった。現れた扉に刻まれた邪悪なる印に、我々は一層気を引き締め扉を開けた。

奥の部屋には棺桶がいくつか置かれており、その蓋は細かな震動を繰り返していた。中から、蓋をこじ開けようとでもするように。さらに奥へと続く扉には厳重な封印が施され、その前には紅い目を光らせた男が立っていた。
ヴァンパイア・スポーン……。私は我知らず呟いていた。吸血鬼の犠牲者がなる下級の吸血鬼。しかし下級とは言っても、我々には充分に脅威となる敵だ。彼らは実体を持つ不死者だが、壁も天井もなく動き回れる力をもち、正なるオーラに抵抗する術を心得ている。

何よりも恐ろしいのは、その接触。彼らの接触は、我々の存在力そのものを奪う。今の我々では、おそらく2,3度触れられただけで全ての力を吸い取られてしまうだろう。
彼は邪悪に歪んだ紅い唇から牙をむきだして我々に襲いかかってきた! それを守るように、棺の中からはグールが起き出してきた。私は、接触を防ぐことが先と考え〔悪からの保護〕を女神に祈った。

開戦

ティリダテネスは先頭のグールと斬り結び、コナーとフベルトゥスはそれぞれの「矢」をヴァンパイア・スポーンに打ち込む。シヴァには万が一を考え(敵は天井を歩き好きな位置に降りてこられる)、フベルトゥスの守りに徹してもらった。

通路の前でグールの進行を止めていたティリダテネスの上(!)を、ヴァンパイア・スポーンは通り抜けてきた。後方のフベルトゥスを狙って動く敵に、果敢にシヴァが挑んだが、奴にも魔法の力の宿った武器しか通用しない。かろうじて、壁から地面に引き倒せたことが僥倖だっただろう。

私はシヴァの横へ並び、女神に『退散』の奇跡を願った。祈りを紡ぐ私を、ヴァンパイア・スポーンは唇を歪めて嗤った。自分には退散の奇跡が効かないと、慢心した笑みで。私はかまわず祈り続け、聖印を掲げた……ティリダテネスと戦うグールの方へ! 
そのまま私は、ティリダテネスと位置を代わった。魔法の力を宿したレイピアが肌を切り裂いたところで奴はようやく驚きに目を見開いた。そう、初めから私の『退散の祈り』はヴァンパイア・スポーンに向けてのものではなかったのだ。最強の敵に、最強の戦士を向かわせるためには、グール達を私が引き受ける必要があったのだ。

私たちは言葉を発してそのやりとりをしたわけではなかった。ただ、自分の出来ることを精一杯行おうとしただけなのだ。例え言葉にしなくても、仲間がどう動くのかを感じることができただけなのだ。友情や、信頼という感覚を持たない邪悪なる不死者には、私たちの行動が不可解であったに違いない。

慌てて起きあがり壁に上ろうとしたその先を制して、コナーの矢が飛ぶ。一瞬動きを止めたヴァンパイア・スポーンに狙い違わぬ〔魔法の矢〕が刺さる。牽制する鳴き声に気を削がれた一瞬を狙ってティリダテネスのレイピアが閃く。私はグール達を正なるオーラで牽制しながら防御の薄いコナーにも〔悪からの保護〕を願った。

いかに邪悪な力を持とうとも「仲間」を持たないものに勝利はあり得ない。我々は、それから程なくして不死者達を滅ぼし、静かにその魂の安息を祈った。二度と再び邪悪なる意志に捕らわれぬようにと。

さらなる邪悪の予感

封印の施された扉の奥からは、ヴァンパイア・スポーン以上の邪悪を感じた。感知した私が吐き気を催すほどの、強大で邪悪な力であった。おそらくは、奥にいるのはヴァンパイア。先ほどのスポーンの主人であろうとの推測がついた。

こうなってくると事前に得ていた情報も信憑性がでてくる。すなわち「高位の邪神官はその身を不死者と変え、神殿を守る」と。だとすると、おそらくそのヴァンパイアは高度な奇跡をも使ってくることが考えられた。封印その物は長い年月の間に摩滅し力を失いつつあったが、今日明日解けると言うものでもなさそうだった。私たちは、万全の準備をしてこの邪悪を討つべく一度街に戻ることを決めた。

竜殺し

しかし、私たちは楽に神殿を出ることはできなかった。休眠状態にあったレッドドラゴンの雛が目覚めていたのだ。エサを給するゴブリンどもがいなくなったことで空腹を覚えたドラゴンは、我々を見ると威嚇の咆哮をあげた。ティリダテネスと私が火竜の飛翔を防ぐべく接近し、冷気を纏う短剣を構えたコナーは、フベルトゥスの呪文の力で透明になった。

近づく我々の姿を見つけた火竜が大きく口を開き、炎の吐息を迸らせた。〔火の元素への抵抗力〕の奇跡の力は私とティリダテネスをその吐息から守ってくれたが、後方でコナーの悲鳴が聞こえた! まさか、炎の吐息に巻き込まれたのだろうか?

傷を癒しに駆け戻ろうと振り返った私は、コナーの姿が見えないことを確認しただけに終わった。そう、敵から身を隠すための〔透明化〕の呪文は、私たちの目からもコナーの姿
を隠してしまっていたのだ。彼は無事なのだろうか? 動けば鎧の音がする我々と違ってコナーの移動は平時からほとんど音がしない。倒れたままなのか、今も無事なのか? 気にはかかるが、火竜の元にティリダテネスひとりを向かわせるわけにはいかない。私は振り向いた分の遅れを取り戻すべく、火竜へと駆け寄った。

先に火竜の元にたどり着いたティリダテネスは、彼の連続攻撃の前に攻めに転じる隙をなかなか見いだせずにいた。炎の吐息を吐くにはまだ少しの時間の猶予があるだろうが、雛とはいえ相手はドラゴンだった。鋭い爪と牙の他に、翼や尾までを用いて攻撃を仕掛けてくる。その全てをかわすティリダテネスの動きはさすがに見事だ。私は、ティリダテネスが攻撃をしかける隙を作るべく、わざと火竜に見えるような機動で長剣を振るう。

火竜が煩わしげに私に攻撃する隙を見逃さず、ティリダテネスのレイピアが前足を切り払った。痛みと怒りに咆哮をあげたその喉に、小さな短剣が生えた。目だけで投擲手を探すと、ドラゴンのすぐ側にコナーがいた。彼は全身に火傷を負いながらも、確実に急所を刺せる位置まで接近していたのだ! なんという勇気だろうか。倒れてもおかしくない重傷を負いながらドラゴンに近づくなんて!

私とティリダテネスは、合図をかわすとより一層火竜への攻撃を激しいものとした。フベルトゥスの〔魔法の矢〕も雨のようにその翼に降り注ぐ。全ては、負傷したコナーを火竜から逃がす時間をかせぐためだ。その勇敢さに報いるだめだ。
火の属性をもったドラゴンには、コナーが投じた冷気を宿す短剣はどれほどの打撃となったのだろうか。それから程なくして、火の竜の巨体は神殿の床へと崩れ落ちていった。

新たなる仲間

神殿の通路から戻ってきたコナーは、静かに短剣を拾い上げた。私が彼の傷を癒そうと祈り始めるより速く、彼の傷は治っていった。訝しがる私たちにコナーは言った。この短剣には人格が宿っている、と。その人格(どうやら厳格な老人らしい)が、癒しの力を使ってくれたのだと。
フベルトゥスが注意深く短剣を観察し、コナーの言葉を肯定した。この魔法の短剣は知性ある剣、すなわちインテリジェンスソードであると。知性ある剣は、使い手とよほど意志が合わないとその特殊な力を使うことが難しいと聞いたことがあるが、どうやらコナーの勇気ある行動にその老人は大いに感心したらしい。

こうして我々の旅には新しい仲間、知性ある短剣のハランダーが加わった。