エアレンディルの冒険 覚え書き (6)

共通歴 590年・開花月・28日

立ちふさがる怪奇

さて、一旦の帰途につこうとした我々はまたも大きな危機に遭遇した。
夜も更け、野営の準備をしていた我々の前にひとりの老女が現れたのだ。ただの老女なら、火の側に誘い歓談をもって遇することも出来たのだが……それは怪物だったのだ。名を、アニスという。
人間の倍近い身長、長い腕と、ねじくれた爪。ざんばらな髪に隠されてはいるが、獰猛に輝く瞳。およそ、街道を歩いていて出会うことなど皆無に近い化け物だったのだ。

善なる者の宿命

正体に気付いたフベルトゥスが青白い顔で立ち上がり、震える手で杖を構える。人のことは言えない。おそらくは私も同じであったであろうから。
立ち上がり武器に手をかけたが、それを抜く勇気は持てなかった。相手のただならぬ様子にティリダテネスとコナーも立ち上がるが、やはり武器は抜けなかったようだ。
武器を抜いたら、戦いになったら勝てない。いや、死力を尽くせば勝利することが出来るかも知れないが、その時にはほぼ全員が神の御許へと逝っているだろう。アニスという敵はそれだけの力を有しているのだ*1

しかし、それでも邪悪を放置するわけには、いかない。

そう思い一歩を踏み出しかけた私を制し、ティリダテネスが呼びかけた。……アニスに。
「何が狙いなのか?」と彼女は聞いた。アニスがすぐに襲いかかって来ない様子に活を見いだし、彼女は交渉を始めたのだ。アニスは我々が持っていた金貨や銀貨に興味を示していたのだ。私たちが作った簡易ソリ(ジャスカー神官の遺品など持ち帰らねばならぬ物が多かった)や、載せた荷物からこぼれた金貨の輝きに魅了されていたのだ。

苦渋の選択

アニスは幾ばくかの魔法の品と、金貨の山を持って森の闇へと消えていった。
化け物の姿が完全に消えてからも、口を開く者はいなかった。しばらくして、ティリダテネスがぽつりと、「街で報告をしなくてはね」と言った。悔しそうに、唇を噛みながら。

そう彼女もまた口惜しかったのだろう。邪悪なるアニスを野放しにせざるを得なかったことが。
しかしそれでも彼女は、仲間の命までかけて剣を持ち戦う愚を悟り、取引という形で皆の命を救ったのだ。

私は、我が身を振り返り深く反省した。皆の命を危険に晒す行動を取ろうとした自分の行いを。交渉の余地を考えずに、勝てぬ戦いに身を投じようとした愚かさを。
その夜、私はいつもより長く女神に祈りを捧げた。

*1:PCたちの平均レベルは3であり、対するアニスの脅威度は6